某宗教団体を潜入捜査してきました

2015年某日、夕食の準備をしているときに電話がかかってきた。YouTubeを一時停止し、僕はiPhoneに手をのばした。村田からだ。村田から電話がかかってくるのは本当に久しぶりだった。村田と僕は大学生だったころ同じ研究室に所属していた。

「松沢くんって自己啓発セミナーとかに興味ない?」、村田は僕に尋ねた。僕は自己啓発セミナーというものに行ったことがなかったので、「行ったことはないが一度行ってみたいと思っていた」、と答えた。村田の話しによると、それは1週間後の土曜日に某都市で開かれる。僕は、ちょっと面倒くさいと思いつつも特に予定もなかったので、村田の誘いに乗ることにした。僕は電話を切ってオーストラリア産の赤身のステーキをフライパンに乗せた。

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当日、村田と駅前のドトールで待ち合わせた。僕は待ち合わせの時間に1時間ほど早く着き、アイスコーヒーを飲みながらノートパソコンで先日取材した東京都庁展望台の記事を書いていた。村田は約束の時間に15分くらい遅れてきて、すまないと詫びた。僕たちはドトールを出て、タクシーに乗った。数分後タクシーをおりると、そこには人がたくさんいて、男性はスーツ、女性は派手な格好をしていた。僕は異様な雰囲気を感じ取ったものの、村田に言われるがままに会場に入った。会場で村田は受付を済ませて、1枚の紙を僕に渡した。「見学者」が記載するものらしい。僕は自己啓発セミナーなのに見学者とは、と思いつつも、それを受け取ってペンを執った。ふと壁を見上げると、「入信者の心得」みたいなものが壁に貼られていた。その瞬間僕が感じていた違和感の正体がわかった。これは宗教だ。「〇成〇倫」 、聞いたことがない。僕はいったん躊躇したものの、その用紙に名前と住所を書いて村田に渡した。そのとき村田が、ピンバッチを襟につけているのに気付いた。まわりを見渡すと、みな同じ金色のピンバッチをつけていた。おそらく信者であることの証明なのだろう。

さすがの僕も騙されていることに気付いたが、特に何も言わなかった。潜入捜査をしよう、と思ったからだ。それから、大広間みたいなところに通された。そこは体育館みたいなところで、座布団が敷き詰められていた。僕は、「見学者」用の色が異なる座布団に座るように指示され、それに従った。わけのわからない話を聞きながら、周りを観察していた。女性が7割くらいで、その中でも中年の女性が多かった気がする。また、母親に連れてこられた小学生や中学生と思われる人たちもいた。僕はこういう新興宗教には、かなり否定的だが、もし僕が小学生の頃に母親にこういう集まりに毎週連れてこられていたら、どうなっていただろうか。僕はこれまでに何度か創価学会にも勧誘されたことがある。もし僕の両親が創価学会の会員だったら、僕も今創価学会の会員だったかも知れない。そして僕は誰かを勧誘していたのだろうか。。。

「そろそろ行こうか」、村田の声で僕は我にかえった。20分くらいたっていただろうか。村田についていくと、4つの座布団が中心に正方形をつくるように置かれていた。座布団がつくる正方形の空間には「説明会」と書かれた紙が置かれていた。座布団に座って僕たちは取り留めのない話しをした。それから5分後、2人の信者と思われる人がやってきて、そのうちの一人の背が高い痩せた男は紺野と名乗った。彼は「〇成〇倫」は〇島〇郎が創設したこと、宗教法人という形をとっているが、中身は宗教ではないことを説明した。みな、ここに通い始めて自分の人生がいかに好転したかを語り、両親を大切にすれば仕事がうまくいくと僕に説いた。 「 御質問」という形で信者が指導者に悩みを相談する。そうすると「御応反」という形でお告げを受けられるらしい。しきりに宗教ではないと言っているのが印象的だった。

1時間ほど話を聞かされた後、「まずは1か月通って見ようよ」、紺野が僕に向かっていった。村田も横で、うんうん、うなずいていた。やれやれ、やっぱり宗教の勧誘か、と僕は思った。僕は、あきれて、ちょっとバカにしたような態度をしてしまっていたのだろう。紺野も村田もそれを悟り、それ以上勧誘されることはなかった。

帰り道で僕は早速 iPhoneで、〇成〇倫について検索しようとした。「松沢君、どうしたの?」 村田に声を掛けられたので、僕はあきらめた。そしてまた、近況など、取り留めのない話をした。駅についたのは19時ころだった。土曜日の夜、それも2年ぶりに会ったにもかかわらず、そのまま、お互い別々の電車に乗って帰った。僕は電車の座席にすわり目を閉じた。二度と会うことはないだろう。

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